5月のある晴れた日
5月のある晴れた日には
歌い始めた友人が欲しがっているアコースティックギターを一緒に見に行って
それがまるでそいつの為に作られたみたいにそいつにピッタリの音をしていて
その帰り道
ちょうど方南町あたりで
自転車の前輪がパンク
僕は項垂れた自転車の首根っこを掴んで歩くことになる
そんな夜があった
540円で買った安いイヤホンで聴く音楽は
ボブディランがまだ虚勢を張っていた頃の
ドラムスもベースも
ギターにシールドさえも無かった頃の歌
東京の杉並区なんかから見えるのは
霞んだ薄緑色の小さな星空
生温い風は昨日とも明日とも同じ
特別なことなんて何一つない
そんな夜があった
もう歩いて行くしかないと分かった時
人はいつもよりはっきりとした気持ちになる
高級車に乗っている誰かさんよりも
今の僕はちょっとだけ英雄気取りだぜ
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5月のある晴れた日には
僕は1人の女の子と付き合うことになる
川崎市はずれの小さなアパート
そのエレベーターも無い四階の部屋
開けっぴろげな希望と蝉の死骸が落ちていた階段
その数年後の
5月のある雨の日
その女の子と一緒になった
僕はいつしか杉並区のはずれに移り住み
今自転車を押してその家を目指すことになる
そんな夜があった
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5月のある晴れた日には
知らない女の子が若くして命を落としたという
歌を歌っていた女の子
その子にむけて今夜新宿で歌を歌っている男の子
その同じ頃
天国で絵を描いている親父の
誕生日を祝う男
僕は一人歩きながら思うんだ
今頃あいつは山梨で
ギターを大事そうに抱えて叫んでいるんだろう
もう歩いて行くしかないと分かった時
それは諦めの気持ちに似ているけどちょっと違う
僕らは前に進むことを止めてはいない
僕らは自分から歩くことを選んだんだぜ
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5月のある晴れた日には
そんな風に歩きながら
「5月のある晴れた日」という題名の歌を考えている男
縁石を綱渡りしたりあくびをしたりしながら
これで酒でも飲めたらよかったけれど
ほらもう高井戸の煙突が見えてきた
煙突の向こうには
今僕たちが暮らしている小さなアパート
生きている奴らは頑張れよ
月は見当たらないけどそう言ってるに違いない
そんな夜があった
もう歩いて行くしかないと分かった時
どれくらいかかるかなんて考えても仕方がない
これは僕の平成27年5月14日のことではあるけれど
君の5月のある晴れた日についてのことなんだよ