次回ライブ

■次回ライブ■
2017年8月11日(金祝) 池袋鈴ん小屋

白倉新之助と踊る子守唄

http://www.ringoya.org/schedule.php?py=2017&pm=8&pd=11#20170811

2014年6月21日土曜日

6月17日 下北沢モナレコード

前日と違って、この日は20時半から演奏という中々いい時間。何度もお世話になっているモナレコードさんということもあり、少し新しいことに取り組んでみようという気持ちでいました。それで、「白倉新之助と踊る子守唄」という名前をつけて、仲間にサポート演奏をしてもらうことにしたのです。

ドラムスはicon girl pistolsの健、ベースは夜ハ短シのマッチにお願いしました。2人とも僕が信頼している演奏家ですし、共通したイメージを持てるので作業が早いという点も、今回の急なスケジュールの中で彼らにお願いしたい理由でした。

結局三人で練習したのは2時間のスタジオと、当日本番前の30分程度でしたが、その中でとってもよく準備してくれてベストを尽くしてくれたと思っています。2人に改めてありがとう。今度はもっと準備の時間をとってやってみたいな。

演目
1 少年と思想家
2 木こりの就職活動
3 存在或いは非日常
4 古き良き時代
5 ふきのとう
6 本当の事についての噂
7 珍しい事を言うね

少年と思想家は、僕の曲の中で珍しく僕が書いた詩ではない曲です。もう15年くらい前の曲ですが、当時一緒にバンド活動をしていたゴールドフラッシュという男が詩を書きました。意味を理解しようとしても全くつかみどころの無い詩ではありますが、詩というのは意味を表現するものではありません。言葉自体がダンスしたり逆立ちしたり酔っ払ったりする様を記録したものが詩です。捉えどころの無い詩が、この曲の捉えどころの無いメロディにとても良くあっていて、飾り気の無い曲ですが昔からこの曲を好きだと言ってくれる人は多いです。でも、この日は1番肝心な部分の歌詞を間違えちゃった。

踊る子守唄達とは3曲目から6曲目までの4曲を一緒に演奏しました。その中でも僕が特にこのメンバーでやりたかったのが、5曲目の「ふきのとう」という曲でした。これは今年の3月くらいに出来た曲で、大阪に行く新幹線の中で詩を書き、それに後日曲をつけました。人前で演奏するということを続けてもう15年くらいになるけれど、いまだにその事に慣れず、なぜ自分がそれをやる必要があるのか、いや必ず自分にしか出来ない意味があるはずだと、毎回心の中がソワソワ落ち着かない気持ちになります。ライブのために大阪に向う途中、その日も感じていたそのソワソワとワクワクを、いっそ言葉に直してあげようと思って書いたのだと思います。

いざこれからって時のこの気持ち

ささくれ立ったふきのとうみたいな

雨に萎びたタケノコみたいな

そこはかとなくお腹の中身が宙に浮いているような


こんな風にはじまる詩です。

三人で演奏して、ちょっと予定と違ってしまった部分は所々あったけど、それはご愛嬌。全体としては上手くいったと思っています。言葉がうなだれたら音楽もうなだれて、言葉が前を向いて走り出したら、音楽もそうなっていくような、そんな曲にしたかった。そしてその新しい試みは結構よく出来たと思っていて、これからこの曲がどうなっていくのか楽しみです。

6月16日新宿Marz

月曜日の18時半に歌うという状況は自分にとって初めてのものでしたが、お客さんが居ないだろうというのは明らかだったので、何をテーマに集中して演奏するかを考えさせられた日でした。会場には17時に入りリハーサルを終えて、歌舞伎町入口のマクドナルドにて少々時間を潰したら、まだまだ外は明るいというのに出番の時間がやってきました。

お客さんは片手で数えられるほど。それでもこの日からマーチンD28という素晴らしいギターを借りて使わせて貰っていたので、ギターを十分に響かせて、新しい曲、珍しい曲に挑戦してみることにしました。

演目
1 ホクロとコスモス
2 珍しい事を言うね
3 葬送行進曲
4 選挙
5 嘘っぱちナポレオン
6 暗闇に火をつけて

最初の2曲は新曲です。2曲目は苦手なフィンガーピッキングの曲だけど、さすがマーチンのギター、弾きやすくて凄く上手くいったと思います。

葬送行進曲というのは、quizmasterというバンド時代の曲。もう7年くらい前のものです。台湾の親友の1人で、これまでにであった最も聡明な女性の1人であるシーチーという子と話していたことがテーマになっていた気がします。この曲の中に「なんでも憧れただけにすれば楽になれるのに」という一節がありますが、久々にこの曲を歌ったら、ずっと自分の言っている事って変わっていないなあと気づかされます。楽になる方法は分かっている、でもそうすることが出来ない。自分を剥き出しにして世界の中で屹立するというのは、常にしんどい事なんですよね。そこから、僕は、逃げるわけにはいかない。そんな僕の事を誰かがお祈りしてくれています。僕もそんな風に踏ん張っている他の誰かの事をお祈りします。

祈りは
自分以外の
大切な人への
朝露のマーチ

これがこの曲の最後の節でした。



この日の出演者にはカラオケで歌う2人の女性アイドルが居て、胸が痛くなった。芸能界というのは金と暴力と性の臭いがして、それがとっても新宿的で、このライブハウスの地下にも蔓延していました。

2014年6月14日土曜日

6月12日新宿motion

新宿motionでのicon girl pistolsのライブは中々いいものでした。新しい曲は「新宿的人間」。いつだったか深夜に歌舞伎町のクラブでライブをした時、深夜の新宿を彷徨いながら感じた事を書いたものです。それを新宿歌舞伎町のライブハウスで初演するというアイディアはとてもいいと思ったのだけれど、充分に練習できてなくて歌詞がかなり飛んじゃった。残念でしたが、このバンドの特徴である暗いレゲエ調の曲で、今後どんどん良くなっていきそうな感触はありました。

それから、ここ数週間本当に歌が歌えなくなってしまってすごく悩んだけれど、直前になってやっと新しい感覚を掴めた気がしていました。前日のリハーサルも良かったし、それを本番のライブでも継続できたことが自分にとってはとても嬉しいことでした。IGPのライブで初めて本当に力を抜いて歌うことができたと思います。2002年のW杯、日本対ロシアに勝利したことをきっかけに歌を歌い始めましたが、12年かかってようやく自分の歌が好きだと思えるように歌えたんじゃないかな。勝手にW杯を節目にして色々と目標を立てて来たので、2014年のW杯開幕前夜にこの感覚を掴めた事は少し運命的に感じる出来事でした。久しぶりに音楽がどんどん楽しくなってきている。またどんどん色々な事をやっていきたい。

さて、本日13日は踊る子守唄との初練習でした。踊る子守唄というのはこのブログのタイトルにもしていますが、僕のソロを一緒に盛り上げてくれる愉快なバンドの事を名付けたものです。17日のモナレコードのライブでお披露目するので内容は詳しく書きませんが、自分にとって新しい挑戦をしている曲があり、昔のレパートリーの曲があり。健とはもう5年以上一緒にやっているので充分に信頼していますが、夜ハ短シのマッチ君もしっかり準備してきてくれて、中々いい音楽を演奏できそうな感触でした。これを読んでくれている方、是非17日のモナレコードのライブに観にきてもらえたらと思います。20時半から演奏しますので。

W杯は最初からいい試合が続いています。それほど注目されていない国も、やはりここまで出てくるだけあって素晴らしいサッカーをしています。W杯についてはまた近いうちに何か書きたくなるんだろうな。とにかく、日本代表には是非頑張ってもらいたいですね!柿谷選手と香川選手、それから遠藤選手のプレーにとても期待しています。

2014年6月9日月曜日

6月2日甲府ハーパーズミル再訪

山梨は甲府にあるハーパーズミルという喫茶店に行きました。友人から車を借りて、4人乗りでのドライブ。行きの高速に乗るところで若干のトラブルがありつつも(危険な事はありません、少しおとぼけの愛らしいトラブルですね)お昼過ぎにはお店に到着。

ここのマスターとお店にまつわる数々の逸話は色々な人が文章に書いていますし、それこそお店の素敵なホームページもありますから、気になる方は調べて頂ければと思います。とにかく僕は昨年11月、よよよ_ゐ君に導かれてこのお店で歌を歌わせてもらい、甲府の温かい人々と触れ合うことができました。また、僕の音楽人生に大きな影響を与えてくれた友部正人さん所縁の場所でもあるということ。そしてマスターの坂田さんがある種の魔法使いであるということ、それらが僕をここに訪れさせる理由です。

しばらく休業していたお店も、六月から坂田さんの息子さんが取り仕切る形で営業再開。穏やかに陽の差し込む店内で名物のカレーを頂きながら、暫し音楽についてや恋愛についてや人生についてを語り合ったり。大した話ではないけれど、僕には自分の父親の思い出が無くて、ただしそれについて何の感情もないのですけれど(以前も書いた通り、これは母が頑張って育ててくれたお陰です)、坂田さんと話していると、父親に育てられるというのも悪くないんだろうなと思ったりするものです。男は大抵ロマンチストで、偏執的で、女性に弱く、情けなくて、それでいて強がりで、優しいものです。いい男とはそういうものです。子供の頃から目の前にいつもそういう男がいるという環境は、特に男子にとって、憧れであり乗り越えるべき壁であるという意味で、とても重要なことなのでしょうと感じる。現在の僕には僕とエコを深く愛してくれている父が勿論いるけれど、また別の観点で、何となく越えなければいけない父親的要素を坂田さんに感じるのは、彼もまた現役の歌い手であり、希代のロマンチストであるからなのかもしれません。

さて、カレーを頂いた後は、坂田さんの秘密基地に移動して、二人きりで「木」についてお話しさせてもらいました。木を叩いて出る音を聞き比べたりしました。そんな事をしながら僕は、やはり音楽というのは人間が営む行為の中で最も純粋で美しいものの一つだなと感じていました。
自然界に存在する音を平均化し、音階として操るようになった人間の能力は本当に凄いと思いますが、音楽自体は決して人間が生み出したものではありません。自然界にある全ての音でコミュニケーションをとる仕方それら全てが音楽であり、それは原始の動物から絶える事なく継続されてきた行為なのでしょう。

例えば我々がギターを弾く時、それはギターという楽器を弾くのではなく、木を鳴らしているということ。つなぎ合わせられた木々が共鳴し、時に反目しあい、空気を振動させて音になるということ。その振動を、人間が平均律という音階のルールによってコントロールしたものが、僕が弾いているギターという楽器の音なのです。つまり、木を叩いて遠くにいる仲間に何かを知らせようとした(のかもしれない)様々な動物たちと、やっていることは変わらないということです。木を鳴らして、コミュニケーションをとる。ここには二つの本質的な教訓を読み取れます。つまり、音楽とは「自然つまり世界そのものを鳴らすこと」であり、音楽とは「誰かとコミュニケーションをとること」であるということです。そのどちらを忘れてしまっても、音楽はきっと寂しい思いをすることでしょう。

勿論部屋の片隅で一人ギターを爪弾いて歌うのだっていいのです。部屋の隅で振動する木は、次第に部屋自体を共鳴させ、部屋は家を鳴らし、外に飛び出して世界を鳴らし始めます。それを聴いているのが、今演奏しているあなただけだったとしても、あなたはそうやって世界と会話をし、自分の内面深くとコミュニケーションをとっているわけです。

音楽とはそのように純粋で、誰にでも出来ることだからこそ美しいのだと、こんなにも根本的な事を僕は改めて発見することができました。そして、木一つ一つがどれも違った音を出すように、音楽を作り出す僕たちも、一人一人がどれも違った音を出さなければいけません。僕はなんとなくしばらくの間忘れてしまっていたことを、思い出せたような気がするのです。

喫茶店に戻り美味しい珈琲を頂いた後、ハーパーズミルには別れを告げ、甲府市内を少しドライブしてからほったらかし温泉に寄りました。昼には雲に隠れていた富士山もようやく夕方に姿を現し、それを見ていたマッチ君が名言を思い付いたと発表してくれました。
「富士山よ、見上げているか見下げているか、それは自分次第」
行きの中央高速、調布から新宿方面に乗ったあのマッチ君の名言でした。ざぶーん。